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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
この家は小さい陣屋のような構造で、門の前には細い流を引き繞らし、一間ばかりの細い板橋が架してある。家の周囲は竹藪に包まれて、其の藪垣の間から栗の大木が七八本聳えていた。トムは橋の中央に走り出でて、凄じい唸声を揚げているのである。
「トム、トム……。」と、市郎は先ず声をかけながら不図視ると、トムの五六歩前には一人の怪しい女が立っていた。
女は六十前後でもあろう。灰色の髪を芒のように乱して、肩の下まで長く垂れていた。彼女が若かりし春の面影は、恐く花のようにも美しかったであろうと想像されるが、冬の老樹の枯れ朽ちたる今の姿は、唯凄愴いものに見られた。身には縞目も判らぬような襤褸の上に、獣の生皮を纏っていた。其の風体が既に奇怪であるのに、更に人を脅かすのは其窪んだ眼の光で、凡そ此世界にありと有らゆる物は、総て我敵であると云わぬばかりに睨み詰めているらしい。
狂人か、乞食か、但しは彼の山の眷族か、殆ど正体の判らぬ此の老女を一目見るや、市郎も流石に悸然とした。トムが怪んで吠えるのも無理は無い。
併し彼女は別に何をするでもなく、門前の往来に飄然と立っているだけの事であるから、市郎も改まって咎める訳には行かぬ。