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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
こんな事を際涯もなく思い続けている中に、夜は白んだ。幸いに暁方から雨は晴れた。
遠近では鶏が勇ましく啼いた。市郎は衾を蹴って跳ね起きた。家内の者共は作夜の激しい疲労に打たれて、一人もまだ起きていない。が、何だか沈着いても居られないので、市郎は洋服身軽に扮装って、兎も角も庭前へ降立った。
「今日は先ず何地の方面から捜して見ようか。」
頬を吹く雨後の寒い朝風は、無数の針を含んでいる様にも感じられたので、市郎は思わず襟を縮めながら、充血した眼に大空を仰ぐと、東は漸く明るくなったが、北の山々は夜の衣をまだ脱がぬと見えて、頽れかかった砲塁のような黒雲が堆く拡がっていた。
一昨夜はトムを殺された、昨夜は父を奪われた。彼の山なるものは、何が故に執念深く自分等に祟るのか、市郎は殆ど判断に苦んだ。が、彼は不図こんな事を思い泛べた。
トムは一昨日吉岡家の門前で、彼のお杉婆に吠え付いた。而して其晩に殺された。自分は昨日我家の門前で、同じくお杉婆を突倒して気絶させた。而して其晩に父が行方不明になった。果して世間で伝うる如く、お杉婆と山※(「けものへん+操のつくり」、第4水準2-80-51)との間に、何か不思議の因縁が結び付られてあるとすれば、昨夜の禍も或はお杉婆に関係が有るのではあるまいか。