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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
何でも本道から西へ入ると聞き伝えているので、心の急く彼は遮二無二西へと進んだ。昨日彼のお葉が踏んだ路である。彼も大小の岩を飛び越えねばならなかった、山蔦に縋って危い綱渡りをせねばならなかった。洋服扮装の彼は、草鞋を穿いて来なかったのを悔いた。
彼は又、曾て読んだ八犬伝の中で、犬飼現八が庚申山に分け入るの一段を思い出した。現八は柔術に達していたので、岩の多い難所を安々と飛び渡ったと書いてある。市郎には生憎そんな素養が無かった。
「多寡が一里だ。」と、彼は難所に逢う毎に自ら励ました。が、或は路を踏み違えたのかも知れぬ。已に二時間余を費したかと思うのに、目指す窟を未だ探り得なかった。この寒いのに彼は全身に汗を覚えた。岩の蔭から瞰上れば、日は已に高く昇ったらしい。
幾ら気が張っていても、疲労には勝たれぬ。市郎は昨夜雨中を駈廻った上に、終夜殆ど安眠しなかった。加之も今朝は朝飯も食わなかった。疲労と不眠と空腹とが重った上に、又もや此の難所を二時間余も彷徨ったのであるから、身体の疲れと気疲れとて、彼は少しく眼が眩んで来た。脳に貧血を来したらしい。ここで倒れては大変だ。