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ひだのかいだん
飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選
岡本 綺堂
Read 飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選 (ひだのかいだん) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,271 characters · 263 screens
靴で幾度か探って見ると、これは突出した岩の角で、岩は可成に広いらしい。ここならば両手を放しても立って居られそうに思われたので、「可、ここで燐寸を点けようか。」と、市郎は更に右の足を踏み締めると、足の下は意外に柔かであった。左は硬く、右は柔かい。少しく可怪いとは思ったが、柔かいのは恐く粘土であろうと想像して、彼は先ずここに両足を踏み固めた。
で、何よりも早く蝋燭を点けねばならぬ。市郎は手早く燐寸を擦ると、余りに慌てた結果、火は点いたが又忽ち消えた。が、この瞬時の光に因て、彼は我が足下に人の横わっているのを見た。男か女か確とは判らぬ、唯蒼白い顔が朦朧と浮き出したかと思う間もなく、四辺は再び旧の闇に隠れて了った。
「阿父さんか、お杉か、但しは別人か。」
市郎は急いて又燐寸を擦ったが、胸の動悸に手は顫えて、幾たびか擦損じた。彼は愈よ悶れて、一度に五六本の燐寸を掴んで力任せに引擦ると、火は漸く点いた。
わが足下に横わっているのは、尋ぬる父の安行であった。わが右の足で踏んでいた柔かい物は粘土で無い、老たる父の左の股であった。市郎は驚いて声も出なかった。慌てて飛退いて更に熟視ると、人違いでない、確に父の安行である。