Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
それと、自分で稼いだ金の値打を味わってみたくもある。けれど母に見せないうちは、一銭減らすのも何だか惜しまれた。だから、やがて家に帰って、今夜は牛肉のコマ切れを買おうとか、白い御飯にしようのという時は、率先して自分が使いに走り出した。そして、母にいいつけられない予算外のお菜まで買ったりした。煮豆屋や安てんぷら屋の前に佇んで、よそのおかみさん達の中でまごまごするのも恥かしくはなく愉しかった。
南仲舎へは、ぼくは幾月ぐらい勤めたろうか。それが今、はっきり思い出せない。けれどまだそこへ通っていたうちなのは確かである。そして秋ぐちの気候も涼しくなってきた或る宵だった。何気なく帰って来ると、上がり口の土間に見馴れない履物が脱いである。どことなく家の内の空気がちがう。ぼくは、どきっとした。数日前に母から囁かれていた事がある。「お父さんが、じきお帰りになるのよ」といったその時の母には幾月にも見なかった欣しそうな、ほっとしたような容子があった。ぼくは奥の薄暗いランプの明りと静かな気配から、父の体臭を感じると、もうそこの土間を上がる下駄の脱ぎ方からして無意識にちがっていた。