Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

たしか母が果物屋から求めて来た空箱を柩としたように覚えている。母は「女の子だからね……」と、その子の体じゅうをお湯で浄めてやったり、顔へも白粉や紅をつけてやった。そして果物箱の棺へ納めてやりながら「……あんたは、よほど運の悪い子ね、こんど生れてくる時は、いいお父さんとお母さんの仲に生まれて来るんですよ」と、云い聞かすような独り言を洩らしていた。

この子の葬式に行ったのは、ぼく一人であった。棺を風呂敷につつんで人力車の蹴込みに乗せ、施主会葬者、ぼく一人きりで菩提寺の蓮光寺へ持って行った。ずいぶん気まりが悪い気がしたのを薄ッすら今でも記憶している。しかし蓮光寺では、むかしからの好誼を重んじてくれたものか、父の手紙一つだけで、べつだんお経料とて上げなかったのに、住職や侍僧が数名つらなって、ながながと読経してくれた。

さきに家出したぼくの義兄も、義兄自身が五十前後で亡くなるまで、この事は、ついに知らず仕舞いであった。――やがて三十年も経ってから、たった一ぺん、ぼくを訪ねて来た折も、忘れ果てていたのだろうか、「――あの時の、お八重は?」とは、訊きもせず、話にも出ず別れてしまった。