Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
古い西戸部という地名は、ぼくの頭には飢餓の辻みたいな印象を今ものこしている。尾上町から越した先は、また西戸部だった。家賃も物価も安く周りも同格者ばかりなので、貧乏がしよいのである。
母が「お父さんは、病気をしてもお金を持っても、ほんとに得手勝手な人だ」と云ったが、戸部へ引っこむと、父は又、急に病人臭くなった。のみならず、まもなく何度目かの潰瘍吐血をした。いま思うと、父はじつに感情家なのである。事に破れても、自分の中で穏健な処理がつかず、心身を労しきるのであった。母はまた、あるかぎりの工面を尽して、父の医療費にかけ、その間、住居も二度まで転々した。一度は父が「家相が悪い、ここにいるとおれは死ぬ」と云い出した為だし、次のばあいは、越してからわずか二た月の家賃が、もう払えなくなっていたので、家主に追い立てを食ったのだった。
いまと違うあの頃の、家主の追い立てほど苛烈なものはない。特に、貧民相手の家主は鞭に馴れているせいもあろうが、およそ獣でない人間であったら、野宿するまでも、その塒を出てゆかずにはいられない辱めであった。ぼくは母と二人で、次の借家を、雨の日、探し廻ったことがある。