Japanische Klassiker mit Furigana
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ひかりはかげを
光は影を
岸田 国士
Lesen Sie 光は影を (ひかりはかげを) von 岸田 国士 (きしだくにお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 138.262 Zeichen · 276 Bildschirme
この種の誘惑には、どこか熟しきつた果実の甘酸つぱい香りに似たようなものがある。彼の道徳が、これを拒む理由はすこしもない。たゞ、今もなお頑固に、彼の危うい衝動を支えているのは、彼自身、はつきりそれと自覚してはいないが、つまり、彼一流の自尊心なのである。
「さつぱりわからないのは、こつちのことだわ」
と、平山いくが、ぽんと手を振りはらいながら、独言のように呟いたとき、彼は、ぼんやり、病院のベッドに横わつている小萩のことを思いだしていた。
もう、まる三月、なんの消息もきかぬ小萩、このまゝ、永久に相見る機会がないかもしれぬ小萩、たとえそういう機会があつたにしろ、おそらく、彼の手に再び戻つて来ようとは思えぬ小萩、その小萩なる一女性を、どうして彼は、忘れ去ることができないのか?
それもまた、彼一流の自尊心からであろうか? まさに然り。彼を駈り立て、彼を鼓舞し、彼を熱狂させるものは、た易く得がたいというものなのである。
大森駅へやがて辿りついた。
「じや、今日は、これでお別れ?」
と、平山いくは、首をかしげ、あどけない調子で言つた。
「お送りしなけれや、わるいかな」