Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
そして左側の畳敷きが徒弟机の並んでいる仕事場でもあり、また時々、這入り難い硝子障子をあけて這入ってくるお客の御用を承るほんとの店先でもあった。
新しい角帯前垂れを着せられて、ベソを掻き掻き近藤小母さんに連れられて行った初奉公のぼくは、勿論、店の表つきを見て這入ったわけではない。その家のしきいを初めて踏んだのは露地の裏口からであった。隣りの土蔵裏にさえぎられている陰気な勝手口からおずおずと近藤小母さんのあとに尾いて内へ上がったのである。何か冷やッこい他人の家と足の裏に感じたとき、又してもぼくはここで一と泣きしたくなった。
下町の商家の奥というものは一体に何処の茶の間でも鈍い光線と妙な冷気をもって暮しているが、そこの嵌め込み箪笥だの交い棚だの長火鉢といったような調度類は薄暗い中にもチリ一つとめない神経質なまでの几帳面さの中に置時計の針のチクタクまでがいやに厳しい静けさを守っているものだった。店境いの障子一重あけて店へ出れば、どんなお客に対しても、つねに平身低頭して愛想を作っていなければならない隠忍の習性が、ひとたび茶の間へ返ると主人の位置に直って今度は“あるじ”として奉公人へ臨む身になるので自然こうした居間好みや自己の厳粛化にもなってくるのではあるまいか。