Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

ところで、話は後へもどるが、どうしてぼくは川村印章店から――あんな温厚な主人から添書など持たせられて――突然、暇を出されたのか。その事情は、父宛ての手紙の内にも書いてはなかったが、後に、母が近藤夫人に会ってから聞いたことで、やっと先の真意が分った。

あの雨の晩、雨という題で一文書いてみせろと、客と主人から云われた前々日の事、ぼくは飛んでもない大失敗をしていたのである。

――というのは、こうだった。昼間、奥の座敷に、おかみさんがいつも掛りつけの髪結いが来ていた。そして、おかみさんの髪を梳いていたのである。

鏡台を前にすえ、髪結いに髪を上げさせているおかみさんの半身が、ちょうど、ぼくの仕事机から店仕切りの中ガラスを透してよく見えた。

ぼくは恐らくおかみさんの顔に日頃から興味めいた何かを抱いていたのだろう。あの薄い生え際の毛へ、髪結いが、スキ櫛という歯の密な竹櫛を加えて、それを一と撫で一と撫で、いやというほど力をこめて梳くたび毎に、おかみさんの黄いろッぽい顔が紅くなって、眼じりも小鼻も吊り上がってしまい、まるで飴が伸びるように顎から眉毛までを細長くして、反ッくり返りそうになっているのが、見ていると、何ともおかしくてならなかった。