Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
覚えのある母の腰紐なのである。捨て難くて、自分の寝衣に締めて寝た。機械油だらけな仕事服のズボンの下にも締めていた。すると仲間が見つけて、「……あれ見や、あんな赤い紐を、肌身離さず締めてやがる。いろ女も、本望だろうな」と笑い合った。けれどぼくには、その揶揄が、ちっとも不当には思えなかった。離れてみると、母は、ぼくには恋人であった。いや恋人にも増して、箱弁当の飯を油手で食べている間も、思い出されてばかりいた。
ふた月三月いるうち、「ここでは勉強も」という焦躁に駆られ出した。依頼心というでもなく、ふと暗中模索する気もちが、ぼくを闇夜へ追い出していたのである。或る晩、工場が退けてから、ぼくは青山の伯父の家をさがして歩いていた。
伯父の斎藤恒太郎は、ぼくが幼少の頃、いちど母に連れられて行った覚えのある北白川宮の邸内から、その後、青山南町へ移っていた。と分っていただけで番地も何も知らないのだ。
それに、片道五銭の電車賃が無くて、ぼくは本所菊川町から青山南町まで歩いたものだ。交番だけでも幾ヵ所訊き歩いたか分らない。唯、伯父の現職は、学習院英文科の教授というだけは聞いていたので、それを頼りに探したのだった。