Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
さいごの息づかいらしいのが窺われたとき、ぼくたち兄妹は、ひとり余さず、母の周囲に顔をあつめて、涅槃の母に、からだじゅうの慟哭をしぼった。腸結核は、じつに苦しげなものである。ぼくは、どうかして、母が安らかな永眠につかれるように、という祈りみたいな気持ちから、ついつまらない智恵がうごいて「……お母さん、お母さんは、きっと天国に迎えられますよ。ほら、きれいな花が見えるでしょう。美しい鳥の声がするでしょう」と、耳元へ囁いた。
そしたら、母は、ぼくをにぶい眼で見つめながら「……よけいな事をお云いでない」と、乾いた唇で、微かに叱った。
母はふとんの下で、妹たちの手を握りしめていたのである。
「みんな、仲よくしてね」と、次に云った。それぎりだった。ぼくは三十で母と別れるまで、母に叱られた覚えは、二度か三度しかない。それなのに、母が、ぼくへ云ったことばの最後は、叱であった。
――よけいな事をお云いでない。
それから、三十秒か四十秒の後に、母は子供らの前から、物しずかに去って逝った。
母が生前に「……どうしたろうネ。おまえの兄さんは」と、折にふれ、忘れかねるが如く云い暮らしていた、義兄政広についても、後日の深刻な一挿話があるが、ここではやめよう。