Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme

Aozora Bunko

と、ぼくへ云った。ぼくは廊下境へ行って、そっと奥の方を窺った。半分捲いた廂の簾の目が、午後の日影を斜めに客間へ落していた。お客は一人だった。いかにも独りぼッちといった感じで、きちんと、広い座敷の中を余して坐っていた。

その人は、若かった。ぼくより十ぐらい年上に見えた。白ガスリの単衣に、小倉縞の袴をはき、少し俯向き加減に、そしてぼくの方へ姿を斜めに見せて端坐している。ぼくの眼にさえ、上品なおとなしい青年の感じがした。

「あの人、たれ?」

そっと母へたずねると、母はぼくの肩をそばへ引寄せて、囁いた。

「知らなかった? 英ちゃんのお兄さんですよ。ほら、小田原にいらっしゃる、あんたのお兄さんのこと、いつか聞いたでしょう」

ぼくは、びっくりした。ぼくに兄と呼ぶ人があった事がどうしても実感にもてなかった。へんなそらぞらしさと羞恥がぼくを固くしてしまい、母から「奥へ行ってお辞儀をしていらっしゃい」と再度云われても、かぶりを振って動かなかった。

まもなく人力車のベルが外で聞えると、ヘルメット帽に白い夏服の父が、その背の高い姿を玄関に見せ、母と何か話しているまに、すぐ奥の座敷へかくれた。