Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
それきり、しんとした感じだった。すると、ぼくの耳に、奥の方から誰かの泣くような咽び声が聞えてきた。ぼくは、それに異様な衝撃をうけたとみえる。こっそり独りで客間の様子を覗いていた。
父は、兄の手を膝の上に取って握りしめていた。片方の手は、兄の白ガスリの肩へ懸けて、父も泣き、兄も泣いている様子であった。
この光景は、ぼくの眸をつよく烙いたとみえ、いつまでも忘れ難いものとなった。そのとき母の姿も、そこに居たのか、茶の間だったかは、よく覚えていない。ずッと後になって、ぼくに理解力が出来たと母から見られるようになると、母はぼつぼつ兄に就てのぼくの疑問を、何くれとなく解いて話してくれた。
兄は、吉川姓でなく、綾部政広といった。ぼくとは母ちがいなのである。ぼくはそれまで、何も知らなかったが、兄は小田原で生れ、小田原十字町の“ふじ本”という料理屋で育てられ、中学もそこで卒業した。横浜にあると聞く父を尋ねて初めて会いに来た時は、十八歳になっていた。
小田原では志望の勉強もできないから、出京して、医科へ入学したい、そして将来は医者になりたいという希望を、その折、父へ訴えたそうである。