Japanische Klassiker mit Furigana
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わすれのこりのき
忘れ残りの記
吉川 英治
Lesen Sie 忘れ残りの記 (わすれのこりのき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 193.050 Zeichen · 383 Bildschirme
ぼくは体をむずむずさせ、少し拒むような素振りをしたと思う。すると加藤さんのお母さんは、なお深々とぼくを抱きかかえ、ぼくの顔へ頬をよせて窓外の京橋や銀座を説明してくれたり、やがてぼくが凝としてしまうと、その人も凝と鉄道馬車の揺れるがまま居眠ってでもいるように澄ましていた。
ぼくは自分の偽れない羞恥を人前に曝している感じだった。しかしひそかに恐いほどな幸福感にもはちきれていたのだろう。いやそういう抽象的な語ではその折の少年心理を率直に云っているとはどうもいえない。もっと直接的な肉感自体の動揺の方がはるかに大きい。西鶴の世之介ほどでは勿論ないが、おぼろな空想の甘味を偸みながら、ひそかに自身の中の或る芽生えを驚異するのにちょうど適度な体温と甘い匂いに酔ったのは確かである。
いま、指で年齢を繰ってみても、それがぼくの十歳の春であったには相違ないことは、ぼくが特に早熟であったのだろうか。それとも十歳といえばもう共通な男の子一般の性現象と見ていいのだろうか。――とすれば案外、自分が親になって来た年代になると、われわれ親たちは子どもらの性について、ちっとも真剣に考えていないという気もしてくる。