Japanische Klassiker mit Furigana
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ずいひつ みやもとむさし
随筆 宮本武蔵
吉川 英治
Lesen Sie 随筆 宮本武蔵 (ずいひつ みやもとむさし) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 141.786 Zeichen · 278 Bildschirme
武蔵の青年期から壮年時代などにあっては、殊に武者修行の多かった時勢でもあり、また、それらの生活しよかった頃ではないかと思われる。
関ヶ原前後、また、大坂夏冬の陣の前後には、どこの大名も、いつ合戦が起るか、いつ陣務を急とするか知れなかった中に、表面は幾年かの小康的平和にあった時勢だった。
当然、全国の大名は、朝夕に武備を怠らなかった。しかし、限りある財力で限りない兵は養えないし、殊に、実力と人品の双備な人物と見ても、戦後の長い経営を思うと、目前の必要を感じても、そうそうは召抱えられなかった状態であった。
で、自然、捨て扶持、隠し扶持というものを、牢人に与えていた。いわゆるこうと思う人間には、平常に息をかけておくのである。九度山の真田幸村などは、その尤なるものであろう。幸村へは平時においても、大坂城の秀頼から、尠からぬ金力が密かに送られていたという。しかし、幸村自身は伝心月叟と世捨人めかして、草庵に質素な生活をしていたし、そんな莫大な金を費う途はない。
それが関東大坂の開戦となって、彼が廬を出る日となると、幸村父子が高野の麓から紀泉を通って、大坂へ入城するまでの間に、途々、忽ち人数に加わる牢人者が四方から馳せ参じ、無慮二千余の手兵になっていたといわれている。