Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ずいひつ しんへいけ
随筆 新平家
吉川 英治
Lesen Sie 随筆 新平家 (ずいひつ しんへいけ) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 213.575 Zeichen · 424 Bildschirme
芭蕉などは、殊に、胆を寒うして越えたであろうと思われる。
すべてこの地方の平家遺蹟は、一昨年、飛騨から五箇山をこえて来た曾遊の地だが、先ごろ五箇山の平家村の読者から、同地方につたわるコキリコ歌というのを知らせてよこした。歌詞は“おもひを篠舟にのせれば、思ひは沈む恋は浮く”というのや“波の八島をのがれ来て、たき木刈るてふ深山べに、ゑぼし狩衣ぬぎすてて、いまは越路の杣やかた”などという類のものであるが、いうまでもなく、後人の作であり、“波の八島”の歌は、ほかの地方にも、伝わっているように聞いている。
斎藤実盛の首洗い池のことは、芭蕉の奥の細道にも見える。彼の“むざんやな甲の下のきりぎりす”の句は、空想の所産ではない。じっさいに、この地方の平家史蹟を歩いた果ての嘆息であったろう。芭蕉ならずとも、倶利伽羅に立ち、安宅からこの辺を訪えば、たれもが、おなじ思いを抱くにちがいない。(二八・一〇・四)
*
“一門都落ち”は平家史中での大きなやまである。その全盛期よりも、亡びかたや末路のすがたに、より意味の多い平家らしさがあるとすれば、平家人の一人一人が、おのおのさいごの生命を燃焼しきる人間らしさも、むしろ、これからのことになる。