Classiques japonais avec furigana
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たまものまえ
玉藻の前
岡本 綺堂
Lisez 玉藻の前 (たまものまえ) de 岡本 綺堂 (おかもときどう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 130 703 caractères · 261 écrans
火事も少なかった。嵐もなかった。この世の乱れも近づいたようにおびえていた平安朝末期の人の心もいつか弛んで、再び昔ののびやかな気分にかえると、そのゆるんだ魂の緒を更にゆるめるように、ことしの春はうららかに晴れた日がつづいた。野にも山にも桜をかざして群れ遊ぶ人が多いので、浮かれた蝶はその衣の香を追うに忙しかった。
関白忠通卿が桂の里の山荘でも、三月のなかばに花の宴が催された。氏の長という忠通卿の饗宴に洩れるのは一代の恥辱であると言い囃されて、世にあるほどの殿上人は競ってここに群れ集まった。濡るるとも花の蔭にてという風流の案内であったが、春の神もこの晴れがましい宴の莚を飾ろうとして、この日は朝から美しい日の光りが天にも地にも満ちていた。
風流の道にたましいを打ち込んで、華美がましいことを余り好まなかった忠通も、おととし初めて氏の長者と定められてからおのずと心も驕って来た。世の太平にも馴れて来た。この当時の殿上人が錦を誇る紅葉のなかで、彼は飾りなき松の一樹と見られていたのが、いつか時雨に染められて、彼もまた次第に華美を好むように移り変わって来た。もう一つには藤原氏の長者という大いなる威勢をひとに示そうとする政略の意味も幾分かまじって、きょうの饗宴は彼として実に未曽有の豪奢を極めたものであった。