일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

併しただ夫だけならば新聞はまだ少しも客観的に問題となっているのではない。吾々が日常欠くことの出来ないもので、吾々が問題にしないでいるものは無限にある。私は東京で殆んど毎日省線電車に乗るが、別に省線電車の運転組織や構造や営業関係を問題にしないで結構済ませるのである。

処が我が国では、この一、二年来、急に新聞が人々の問題に、客観的な問題になって来たように見える。一九三一年の夏以来、諸評論雑誌は期せずして同じく新聞というテーマを取り上げているし、近頃の新聞広告には、新しい新聞学校の営業が始められたことも載っていた。之は新聞という問題が、よほど公共化し客観化したという事実を、学校営業者が認識していることを証拠立てる。一方殆んど凡ゆる大学には、大学新聞と新聞の研究会とが設けられていて、それは学生大衆にとって、少なくとも平凡な講義以上の関心をなして行きつつあるように見える。而もこの現象は単に我が国だけではないようである。三〇年の暮ベルリンで行なわれた第七回ドイツ社会学会では、「新聞と世論」という屡々論じられたテーマを課題として、報告と討論とをしている。所謂新聞学――そういう科学が必要であるか存在するかはどうでもいいとして――の専門家である処の新聞学者ではなくて、普通の所謂社会学者達が、新聞を学界の一つの時事問題として