일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

ブルジョア的近代大新聞紙では、文叢に較べて報道(及び広告)が次第に有力な内容になりつつあることがその大勢である。ブルジョア新聞紙の批判的性能の消滅、世論指導力の喪失、センセーショナリズム化(その極端な場合が黄色ジャーナリズム化)・商品化(それは広告に於て最も露骨である)・等々と呼ばれる現象が之に外ならない。処で之に反して例えばソヴェート同盟の諸新聞紙では、文叢がその重大な内容の一つとなっていることに注目せねばならぬ。――茲に人々は、報道乃至広告と文叢――夫を特色的に一般に批評と呼ぼう――との、新聞紙内容としての本当の区別を、最も端的に見出すことが出来るだろう。と云うのは批評は社会の建設的(乃至破壊的)機能を果すものであるが、報道(乃至広告)は之に反して何もそうした積極的な社会機能を果さなくても好いからなのである。

新聞紙内容の分類は、単に新聞紙欄の上での空間的な区別ではなくて、新聞紙に於て表現されている内容の区別でなければならぬと云ったが、この内容上の区別とは、実は、新聞紙の社会的機能から見た区別の外ではあり得なかったのである。報道が現実行動的であり一回的であり、文叢が比較的反覆に耐え得るというような――前に与えた――区別は、実はこうした社会的機能の上での区別の、インデッキスに過ぎなかった。