후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
批評は、単に制作の批評であるからばかりではなく、制作とコンジェニアルであることによって、又それ自身かの制作とコンジェニアルな他種類の制作であることによって、制作と内的連関に編み込まれている。
実際人々は、現実的に制作し得なくても批評は立派に出来る、だが、可能的にさえ制作し得ないような人は、決して批評は出来ない。現実的な肯定・措定・実証である処の制作に較べれば、どうせ批評はおしなべて可能性の外へは出ない。だが更にその可能性の範疇内に於て、制作の可能性と不可能性とが、批評そのものの出来る出来ないを決定するのである。
さてこの内的連関の構造を明らかにすることによって初めて、批評が制作を規定し又逆に制作が批評を規定するという、一見極めて当然な併し実は甚だはっきりしない相互作用の正体を突き留めることが出来る。現実的な制作の平面に於ては、批評はいつも制作の後を追いかけて行く消極的な寄生物と見える。之に反して可能的な制作の平面に於ては却って、制作がいつも批評に追随して行く形を取るのである。だから現実的制作力が硬化して単に可能的制作力に止まっているような場合には、批評が支配的・指導的な力を振うし、之に反して現実的制作力が横溢してくれば当然制作が支配的な指導力を取りもどす。