후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
それはこうである。
シェークスピアや又少なくとも若いゲーテは夫々、当然隠然と台頭しつつあった若々しいブルジョアジーの新鮮な人間性や真実性を、つかみ出そうとした天才だったと云われている。彼等に対する嘆賞と愛着とが吾々自身の血となり肉となるまでに、吾々は彼等を理解し得なければならないだろうと共に、その作品の技術的・個性的・古典的乃至歴史的・価値を吾々は、充分に高いものとして理解し得なければならないだろう。だが理解し得るということは決してものの凡てではない。吾々銘々が実際にどの程度まで彼等とその作品とを理解出来るかということとは一応独立に、吾々は、世界の歴史がすでに現代にまで営んで来た新しい社会的結果に相応するような、一定の社会認識――一定の階級的・政治的見解――をいやとも今日持たされている、と仮定しなければなるまい。そして之が――当然なことだが――吾々の生活の・世界観の・底の底まで滲み込んでいるとする。さてそういう吾々が仮に――可能的に――芸術家として制作する時、もはや吾々はシェークスピアのようには又ゲーテのようには、即ち十六世紀の庶民の眼や十八世紀の小ブルジョアの眼を以てしては、制作することを欲しないに相違ない。