후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
であるから、折角存在の運動法則の単位的な要素にまで具体化されたヘーゲルの範疇も、その肝心の存在が即ち又観念だったのだから、再び観念の形式にまで舞い戻って来て了う。範疇はここでも亦単なる根本概念に過ぎない。
唯物論的弁証法、又はその一部分である唯物史観の方法によれば、存在と観念・意識とは決して無条件には同一視出来ない対立物である。而も意識は一つの特殊な高次の存在として、存在の反映を自分の内容としている。存在と意識とは対立をなしながら一つの統一に這入っている。之が二つのものの具体的な関係だと考えられる。――そこで範疇も亦、之に対応して考え直されなければならない。
範疇は一方に於て存在の形式(運動法則の要素)であると共に、他方に於ては、之を反映する限りの意識の形式でもなければならぬ。一方に於て夫は存在の構造を決定し、他方に於て意識の構造を決定する。元来範疇は存在の構造にぞくする、夫から観念の形式としての範疇が出て来るのである。
処で今、存在を具体的に考えると歴史的・社会的存在になるが、之に対応して、意識を具体的に考えて見ると、歴史的社会的意識・即ち思想となるのである。