일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

主観と客観という哲学的概念が、こういう日常的な自然物と人間個人との概念から蒸溜されて出来たものならば(それは歴史科学が多分説明を担当するだろう)、両者は決して同時存在的に対立するものではなかった筈だ。それが無条件に宇宙時間から逸脱して同時存在的な対立をすると考えるには、主観乃至客観から、現実的・日常的・常識的・な肉体性(Leibhaftigkeit)を剥ぎ取って、主客を云わば二枚の毛皮のようなものにして了う外はない。実際、カント学徒式な主観客観の概念は、二枚の平面のようなものの概念である。カント学徒である田辺博士(実践理性の優位!)にとって主観客観が、平行して向き合った二枚の鏡のようなものであることは不自然ではない。主体(Subjekt)という言葉が元来今日から云えば客観を意味したのに、今日では夫が主観になって了った、主体が主観とも客観とも考えられたということは、主観客観の概念の非主体性・平面性を証拠立てている(船山信一氏がこの点から田辺哲学の批評を企てているのは注目に値いする。「歴史・唯物論・弁証法」――『思想』〔一九三二年〕十二月号を見よ)。