일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

こういう世界とは、外でもない存在の解釈の組織界なのである。図式は形而上学の範疇と認められる、と博士自身云っているのである。

さてこうやって、前に述べた博士に於ける性格悲劇・道徳的反省が如何に博士を形而上学へ鞭打たねばならぬかという点が、見られたことと思う。その形而上学の形而上学である所以は、正に夫が観念論だということ自身の内に横たわる。博士の「哲学通論」は、そこで、哲学が生の反省の学・生の自覚の学であらねばならぬ限り、凡ての哲学は観念論だと道破している。

私は何か、田辺博士の個人的な性格からその哲学の形而上学としての諸特色を説明したかのようであるが、併し私の企ては無論そこにあるべきものではなかった。却って田辺哲学の所謂個性とも考えて好いだろう例の一種の道徳主義が、実は田辺博士自身の性格的個性から説明されてだけ済むものではなくて、今日一定の歴史社会的必然性から生じて来つつある処の観念論の進軍の、特殊な一部隊として編制されているものだ、ということを示すことこそ、私の目的であった。性格による説明を通るというような手続きを取ったのは、そうすることによって却って初めて、田辺哲学をブルジョア・イデオロギーの必然的な一環として具体的に嵌めこむことが出来るようになると考えたからである。