후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
ならば、理論こそ却って正に非客観的である必要があるとさえ主張しなければなるまい。人間の実際生活の実践的要求というのは、自然を征服するための自然との闘技に於て、是非とも勝たなければならない当事者の要求であって、そこから哲学的理論が生れて来るのだったら、理論は観衆のものではなくて、いつも当の競技者自身のものでなくてはならぬ。
客観性というものは、二人の競走者を眺めながら「公平」な判断を下すことから生じるのではなくて、自分自身がトラックに降り立って、競争相手を走り抜けることから生じて来るのである。或いは、その相手を之やあれの「人間」と考える代りに、一般に自然と呼んでいいような客観物と考えた場合に、理論の客観性というものが生じるのである。或いは、自然という客観物をば相手の人間と競争して戦い取る時に理論の客観性が得られるのだと云ってもいい。
観覧席では驚異したり驚嘆したりしていても済むが、当事者は驚異や驚嘆などしていては負けて了うだろう。客観性を取り逃してしまうだろう。実際の実行者であり実践者である当事者にとっては、驚異よりも寧ろ現実的な欲望が哲学的理論への動機なのだが、この欲望が旺盛であればある程、哲学的理論は真理に対して情熱的になるわけで、それだけ哲学的理論は生きた理想を有って来るわけである。