일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

――併し論理学の方も認識論の方も、その後一応、銘々別な道を辿って行ったということも忘れることが出来ない。まず論理学の方はカントに於てすでに、分析論と弁証法とに区別されている。と云うのは、カントによって、思惟をその表から正常な場合に就いてだけ見るのでは不充分で、之を裏から各種の虚偽や誤謬と云ったような正常でない場合からも見なければ、本当の思惟の学である論理学としての任務に欠ける処があるということが示されたわけで、こうして思惟を裏がえして検査するのが、彼が意味した弁証法なのである。カントに於ける所謂「弁証法」は、思惟の本格的な機能を考察するのではなくて、結局その皮肉な裏面の考察に過ぎないから、この弁証法は思惟の機能の中核に触れるものではなく、その意味で消極的な役割しか持たなかったのだが、それが思惟の機能の本性そのものにぞくするものとして、積極的な役割を受け取ったのは、ヘーゲルの弁証法に於てであった。マルクス・エンゲルスの弁証法が哲学の系譜としては直接ここから出ていることは今更断わるまでもないことだ。

論理学の発展方向は以上のようだとして、他方認識論の方は、もう少し複雑なコースを取ったと云わなければならぬかも知れない。