일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

哲学には哲学プロパーという絶対的に不可侵の桃源があるように見える。そういうものが所謂形而上学なのである(では哲学はどこで実証科学と異るかと問うだろう。夫には他の機会に語るべき多くの主張がある)。

人々は哲学的範疇と形而上学的範疇との区別を注意せず、従って二つのものを混同する。人々によれば哲学的理論とは、何か超物理的な――先験的とか・本質的とか・純粋なとかの――形而上学的な根柢から出発することだと考えられる、存在という哲学的範疇は、云わば根本存在というような形而上学的範疇によって理解されて、初めて哲学的になると考えられる。哲学的――存在論的――範疇からすれば存在からの哲学的導来物に外ならなかった形而上学的存在は、形而上学的範疇からすれば、却って存在自身をその導来物として従えている処の根本存在ともなるのである。かくて哲学的範疇による世界観と形而上学的範疇による世界観とで、世界の秩序が全く逆に云い表わされるのを、吾々は注意しなければならない。

哲学的――存在論的――範疇の代りに形而上学的範疇を採用しようとすることは一般に、存在の代りに、存在ということの意味の・又は存在というものの持つ意味の・解釈を取り上げようとする、観念論の一般的なテーゼから来る、必然的な当然な結果なのである。