일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

ここで問題になるのは、実践そのものではなくて単に実践の意味でしかない。

形而上学的範疇――夫は観念論の必然的結果であった――は、この実践の(形而上学的)意味をば、直ちに実践そのものと混同する。だからそこで実践と考えられるものは、高々倫理的な行為でしかあり得ないことになる。処で、どれ程それが社会倫理的な行為であろうと、倫理は常に個人の道徳性に還元されるように出来ている。かくて実践が個人の自由意志に帰着するのは尤もだと云わねばならない。実際、之こそ実践の(形而上学的)意味でなければならないに相違ない。だがそういう実践の意味は少しも実践という哲学的――存在論的――範疇をなさない。哲学的範疇としての実践とは、即ち存在としての実践とは、単なる個人的な又は社会道徳的な意志・行為の平面に於てはない、そうではなくて正に、歴史的・社会的――生産及び政治としての――実践なのである。なぜと云うに、そこまで行かないと観念に対して実践がもつ物質性が存在論的断面に接触しないからなのである。形而上学的範疇は、存在自身ではなくて意味の独自の世界の内を自己回転するから、遂にそう云った断面に接することが出来ない。