후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
アカデミカルな又は師範学校式なブルジョア自然科学者の或る者にとっては、哲学的反省などは邪道であるか暇つぶしであるか又は単なる趣味でしかないかも知れぬ。思想的・哲学的な思索が実験的な自然科学に直接には役に立たない限り、それは必ずしも無理とは云えまい。だがこの状態を具体的につきつめて見ると、夫は意外にも、やがて自然科学自身にとって至極重大な不利益となって復讐されるだろう。と云うのは、自然科学者が哲学に無頓着であることによって、哲学者も亦自然科学に無頓着であっても好いことになる。処で(ブルジョア)哲学は之を好い機会にして、特に著しい場合としては、宗教的な性格を帯びて来ることが出来るのである。之は自然科学自身にとって極めて重大な事件となる。
元来宗教というのが単なる信仰――宗教的信念――や宗教的体験であれば、あまり問題はないのであるが、併し実際上宗教は常に必ず一つの宗教的な範疇の体系を持たざるを得ないのである*。そういうものを広義の神学と呼んで好いだろう。神学とは他でもない、神学的な・宗教的な・体系としての一つの特別な哲学体系に外ならないのである。不幸にして今日の哲学――ブルジョア哲学――の多くはそういう神学的性格を担っている。