후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
だが、所謂ジャーナリズムと雖もなおまだ中枢感覚的な一般感情に立っていた。処がこの中枢感覚がより抽象化され一般化されると、夫は末梢感覚に訴える処のトリヴィアリズムとなるのである。トリヴィアリズムは人間の抽象的諸感覚―― Sensation ――に立っているから、それだけ抽象的な外面的な一般性を有つわけである。市井的な一般性を覘おうとする資本主義新聞が、ジャーナリズムの名の下に、実はこのトリヴィアリズムをも併せ採用するようになっているのは極めて自然でなくてはならぬ。――ジャーナリズムはイデオロギーに対して無関心であった。処がトリヴィアリズムはこの無関心に、末梢的な抽象感覚―― Sensation ――を盛ろうとする。センセーションはイデオロギーに対する積極的な回避であり、イデオロギーに対する阿片的効果を覘う(ここに却って一種のイデオロギー性を見逃してはならない)。かくて資本主義下の新聞は、もはやイデオロギーとしてのイデオロギーの機関でもなければ、世論の機関でもなければ、ジャーナリズムの機関でもなくなって、最も抽象的な非政治的な、超イデオロギー的に見える、良く云えば普遍人間的な、センセーションの機関となるのである。