후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
尤も一切の報道は(而も之は報道だけではない)読者にアッピールするのではあるが、そのアッピールの受け入れ方に、読者にとって義務意識を伴うものと寛大な恩恵を施すという意識を伴うものとの区別がある。後者が広告の場合に外ならぬ。普通の報道記事は見落してはならぬが、広告記事は見落した処で責はないと考えられるだろう。――そして以上の点は、広告の大部分が、私人又は私団体によって広告料金を支払われたものであることに、対応しているのである。
新聞紙に於ける報道の多くは、他方、元来広告的性格を有っていたことを注意せねばならぬ。例えば新聞社自身が自発的に新聞紙上で行なう広義のプレスカンペーンなどは一種の宣伝であるが、一般に宣伝は一種の広告とも見做されねばならぬ。なぜなら関心に対する刺激を反覆加重することによって、アッピールを押しつけることが宣伝であるが、恰もそれは広告の根本性格と一つに外ならなかったからである。私的利害に立脚した宣伝は、取りも直さず広告そのものであるが、そうでない宣伝でも矢張り広告性を失わない。そしてこういう後の場合の広告性の主体としての宣伝は、もはや単なる広告ではなくて報道として受け取られるのである。