일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

さて吾々は新聞紙の内容として、結局三つのものを得た。報道、広告、批評。報道と広告との連関はすでに述べたが、この二つのものと批評との連関を今与えておかねばならぬ。

報道はその選択、形態、仕方の如何によって、おのずから報道者による批評を含んでいる。報道記事は編集者による最も婉曲な批評なのである。元来、社会記事の多くは報道としての資格を有つものと考えられているが、実際は読者が、それを単なる報道として受け取るとは限らないのであって、読者は寧ろ彼自身の欲望が社会という反写鏡によって大写しにされた点に興味を見出すのであり(そしてそういうのが所謂センセーションなのである)、従ってその限り社会記事の多くは読者にとって一種の娯楽にさえ数えられることが出来る。但し之は単なる娯楽ではなくてお互いの間で話題に昇せ、評判し、批評する、ことによって、完成される筈の娯楽である(新聞紙によって与えられる娯楽は多くこの類であろう)。処がそう云った娯楽は、取りも直さず今言った文叢――批評――にぞくさねばならなかった。こういう点からだけ見ても、社会記事は報道記事であると共に批評記事の性格を担うことが出来るのを推察し得る。