후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
だからカントは、アリストテレスが範疇の表を文法から引き出したとは異って、之を判断の表から引き出した。カントに於ては、範疇は認識の形式である。
アリストテレスも結局はそうなのであるが、カントは、範疇をば、それが根本概念という一種の観念だという点に極めて忠実に、全く観念の側にぞくする処の主観の側にある形式としてしか、把握していない。言葉も認識も、云うまでも無く観念のものであり、主観にぞくするものである。――併し元来、言葉を語り認識を持つのは事物に就いて語り事物に就いて認識することに他ならない。(客観的な)存在に就いて語ったり認識したりするのである。だからそういう言葉なり認識なりが則るべき範疇も、実は観念から独立に存在する事物そのものの性質と無関係であっては、言表や認識の形式でさえあり得る筈がないのである。だから範疇は、もはや単に主観乃至観念にぞくするものであってはならず、寧ろ夫よりも先に、存在の、事物の、有っている諸性質に結び付いているものでなければならなくなる。
そこでヘーゲルは、範疇をば現実性(Wirklichkeit)が夫々の階段に於て有つ諸形式と考える。