후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
元来認識論は実はカントから始まるのではない。論理学を認識論とアイデンティファイしたのはカントであるが、そうした認識論の問題をカントに提供したのはイギリスの経験論の認識論で、それはすでにジョン・ロックから始まっている。ロックの認識論は認識の心理上の発生過程を説明しようとして凡ての観念が経験に由来することを主張したのであったが、カントは認識のこの心理上の発生過程の代りに、認識の理論上の通用条件を問題として、そこに認識論の中心があると云い出したに他ならない。――その後このカント風の論理主義的な認識論は表面上全く忘れられたようで、ヘーゲルなどは認識論という言葉を極端に軽蔑さえしているのである。それが、新カント派の発生と共に「認識論」は一時わが国などでも非常に喧しいテーマとなったが、之は愈々益々認識の発生過程との関係のない問題にまで発展して行って、遂に完全に行き詰って了ったのである(E・ラスク)。
ロックが掲げた課題はカント系の哲学者のおかげで一見見失われたが、之を或る意味で正しく取り上げたものは実はレーニンである。レーニンの認識論というものは併し、決して認識の心理上の発生を問題の中心に置いているのではない。