후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
私は科学の統一的な包括的な、そうした一般的な、「方法」を、科学の断片的な「操作」(之を世間では普通に方法と呼んでいるが)から区別した。その意味に於て「科学の一般的方法は(唯物)弁証法である」と私は見ている。処で石原博士には之に就いて多少の勘違いがあるのではないかと思われる節がある。と云うのは私の云い方が「濫りに形式論理を排除するかの如く感ぜしめる理由」があると博士は云っているらしいからである。
多分博士は一般的方法というのを、科学に於てそれしかない排他的な方法だと取ったのだろう。唯物弁証法がどれだけの範囲にぞくするか私の言葉からは明らかでないが、自然科学の叙述形式が殆んど形式論理に基く数学解析によっているのに、この明瞭な事実を無視するのが私である、というように云っていると思われるからだ。
弁証法をいきなり持ち出した観のあったことは私も認めよう。けれども夫は弁証法がそのものとして一般的な形で、今日ではすでに沢山論じられているので、或る程度まで想定してよい常識だと考えたがためだ。私は所謂形式論理と弁証法との関係の議論を省略したけれども、これに関する要点は私にはあまりに判り切ったことのように思われたので、書かずに終った次第である。