후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
とか、ヘーゲルに於けるイデーの自己疎外とかいう、困難な関係が出て来るわけで、こうしたものは結局精巧に工夫されてはあるが併し主観的で勝手な、一種の仮定の外へ出ることは出来ない。
さて、代表的な存在者をこう考えるならば、こういう存在者こそ充分な意味で客観性を有っているということが出来る。観念的論理学で云う処の主観の単なる対立物としての「客観」なるものは、要するに主観的な客観性をしか持たないものであり、従って本当には充分に客観的であり得なかった。客観の本性=客観性は、主観を超越し主観から独立だという点にあると云われるが、それは客観が宇宙時間の上で主観よりも先であったということ以外に、何等の現実的な根拠を有たないのである。この根拠を忘れると、客観を主観から独立なものだと云いながら、いつの間にか之を主観の内に持ち込んで来るというような、観念論の定石に陥ることにならざるを得ないだろう(ヘーゲルの絶対観念論・其の他各種の「絶対」何々主義・を見よ)。
今や物質が、客観的存在者(自然・物・)となったのである。
初め物質は単なる「あること」であった。そこでもすでに物質の現実性と弁証法性とが指摘された。