후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
ブルジョア社会がブルジョア文化を統制するのだからこそ、その文化統制は極めて自然に無意識に行なわれるわけだったのである。――処で社会それ自身が強制であり又統制であるという立場だけからは、そういう一般的で形式的な観点だけからは、これ以上のものは出て来ない。
云うまでもなくこの種の云わば自然的で無意識的な文化統制は、非常にハッキリした顕著な社会的事実なのであって、文芸乃至芸術や、科学乃至哲学にたずさわっている人間にとっては、自分の仕事を如何にして社会化するかとかという問題となって、これはいつも文化意識の中心に押し出される関心事である。社会と文化との間の、お互いに離れることが出来ずに而もお互いに矛盾撞着せずには措かない関係に苦しむ処の、一切の文化意識の所有者の絶えない問題の淵源が、ここにあるのだとも考えられる。
だが、それはそうでも、実を云えば、ブルジョア純粋文化の使徒達が思い込んでいる程に、この文化的統制は文化問題にとって根本的なものではない、ということは注意しなければならぬ。例えば、文学とジャーナリズムとの撞着や、思想と常識との撞着は、と云うのはつまり、ブルジョア文学とブルジョア・ジャーナリズムとの、又ブルジョア思想とブルジョア常識との撞着は、何も文化的統制の、即ち文化にとっての不自由の、最後の条件をなすもの