후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
――吾々に従えば、弁証法の動力は概念にではなくて存在に置かれて考えねばならない。処がヘーゲルでは存在が同一哲学風に――非弁証法的に――概念と自己同一であったから、吾々はそのためには、存在と概念とをまず予め分離し対立させねばならない。ヘーゲル弁証法はこのようにして初めて逆転されることが出来る。
ヘーゲル哲学一般に対するこの見解は、その自然哲学に対する見方に最も代表的な影響を与える(吾々はヘーゲル自然哲学がヘーゲル哲学一般の欠陥を最も好く代表することを忘れない)。それはこうである。ヘーゲルは彼自身にとって存在と考えられる処の概念の、勝義に於ける所謂概念に相当する側から、その方法を出発せしめる。なる程体系の一般的な順序は、存在――本質――概念であって、概念は最後の段階に位するようであるが、この存在なるものすらが、実は、存在の概念に外ならない。と云うのはそれが何等かの概念であればこそ、端初の直接態はあのように抽象的でなければならなかったのである。存在の範疇がもし真に存在そのものを――存在の概念をではない――云い表わしたならば、直接に与えられた端初は最も具体的な事物に相応しなければならなかった筈である。