일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

この存在論によれば存在とは、特殊であることではなくして正に一般的であることに外ならぬ、だから夫は就中概念乃至観念でなければならないだろう。なぜなら事物の一般的なるものを吾々は概念と呼び、そしてこの概念なるものはとりも直さず一つの観念に外ならないから(概念と訳されているギリシア語は多くエイドスのことである)。そして最後に、観念は何かの意味で、結局主観にぞくするものに帰着せしめられることが出来る。観念論に於ては、存在は主観である。――之に反して、実践的世界観に相当する存在論は唯物論――質料主義――である。茲では存在が唯物的・質料的存在によって性格的に代表されると考えられる。第一に、質料的存在は、吾々が之を処理し征服し変革し利用し得又せねばならぬ処の、要するに吾々が之を形成せねばならぬ処の存在である。それは或る意味に於て、出来上って了った存在ではない、その意味に於て之はまだ真の、或いは寧ろ単なる存在ではない。もしイデアを存在と同置すれば、之はその限り却って無と同置されるのは尤もである。それは単なる存在ではない、観想的に放置しておけば存在ではなくて無である、併し之を観想的に無に放置しておけないということがこのものの本性をなす。