일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

唯物論に於ては存在とは客観である。――代表的な観念論に於てはイデア・観念が存在である、之に反して代表的な唯物論に於ては、存在の概念はとりも直さず物質の概念である、或る特別な存在が物質であるというのではない、物質ということが存在ということだと云うのである。

処で、観念論的存在論の一つの原理的な作用は、夫が二元論に陥らねばならぬということである。観念論はイデア的・本質的・超現実的・存在を存在と考えるから、之は必然に感性的・事実的・現実的・存在に対立しなければならなくなる。実際、典型的な観念論的存在論はどれも、高貴な存在と卑賤な存在とを仮定する二世界説――理想主義――として出発しただろう(プラトン、カント)。存在概念それ自身が、結局完全な自己運動を与えられることが出来ないから、夫は運動の動力の一部を、他の下位の存在との交渉から受け取らねばならぬのは当然である(フィヒテの自我は自己運動をする、だが自然というもう一つの存在は自我の運動によってでも運動出来たか。何故フィヒテからシェリングの自然哲学が出て来なければならなかったか)。唯物論は之に反して恰も、観念論が卑賤な下位存在と想像するものから出発する。