후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
でそうすれば、今まで述べて来た連関から云って、その限り文芸は元来批評性を有ち、之に反して科学は元来実証性を有つということになる。実際、一般に批評と云えば人々は何よりも先に、文芸の「批評」を思い浮べるだろう(道徳は処罰し宗教は救済する、だが批評するのではない)。処が科学――実証科学――はそういう意味に於て批評にぞくさないことを特色とする。
だがそれにも拘らず、科学はその専門的分科にも拘らず、諸分科の間の理論的な共通性を、と云うのは夫々の分科の範疇体系相互間の共軛性や一貫を、仮定しなければ、科学ではあるまい。そうすればこの点から見て、科学は元来エンサイクロペディックな・世界観的な・要するに哲学的な・総合を仮定して初めて成り立つわけである。科学は科学の批判にまで、そして夫を通して一般の事物の理論的(哲学的とも云う)批判――評論――にまで、根を下ろすことによって、初めて発生出来たのだし、又生長することも出来る。かくて科学と雖も終局に於て、批評性にまで一続きな契機を有っていなくてはならぬ。それが科学に於ける哲学的契機なのである。
この哲学的契機の媒介によって、諸科学は何かの仕方で文芸と結び付くことも出来、またそれをしなければならなくなる。