일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

そこで批評鑑賞は云わば俗人的であり、制作は云わば天才的だということにもなる。批評に於ては批評者の歴史的社会的生活は概念から云えば媒介され具体化されているのであるが、事態としてはそれだけ抽象化され形式化される。制作に於ては之に反して、制作者の生活が事態としては具体化され実現される、そして夫が概念から云えば却ってそれだけ直接的に止まり抽象化されているのである。

文芸に於ける制作と批評乃至鑑賞は一応以上のようにして対立せられることが出来る。それは取りも直さず文芸に於ける実証性と批評性との契機の対立なのであった。そして夫は又実は、文芸に於けるアカデミズム的契機とジャーナリズム的契機との対立の具体化だったのである。この平面に於ては単にジャーナリスティックな制作――例えば出題された戯曲とかにわか造りのファッショ戦争小説其の他の如き――は、他の何かの財の生産であろうとも、もはや文化財の制作・生産ではない。又同様に単にアカデミックな批評――一種の所謂玄人批評とか同人のセクト的批評等々――は、批評としての意味をさえ完全に失って了うだろう。

併しまだ問題が残っている。