일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

実践が、と云うのは、行為的自由主観の自覚が、この哲学の脊柱をなしているからである。こういう実践は無論唯物論的意味での実践とは殆んど何の関係もない。そこでも亦相不変、個人倫理か、又は個人の社会倫理が凡てである。哲学は要するに人格道徳理論によって支えられる。博士の人間学もそうやって初めて出て来るわけなのである。だからヘーゲル哲学は、カントの「目的論」にまでわざわざ歴史の流を遡ることによって、理解されねばならぬということにもなる。それは外でもない、実践理性が優位を占めるために必要であったからである(博士の『カントの目的論』という著書は最も輝いた小品である)。

田辺博士の理論の至る処につき纒って見える処の折衷主義は(だが夫は無論折衷するために折衷しているのではない、古来そういう意味での折衷主義は未だ嘗て無かっただろう)、哲学のこういう道徳化にその遠因を有っているようである。それで博士の卓越した理論も、非天才的に、生彩なく、平面的に、見えて来るのである。この折衷主義と道徳化を並べて見て、吾々の哲学史的知識は、何か末期的なものを感じないだろうか。特にこういう哲学が有力に活動出来る客観的条件が特に今日備わっていればいる程、吾々はそう尋ねたくなる。