후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
これではお互いに承認出来るような優劣の決定は下されまい。処が哲学理論は元来が実際問題から生じて来たのだから、いつでも実践に対して負債を支払わなければならないのであって、ここでも実践が理論の客観性の判定者となって現われるのである。
尤も実践で理論の良し悪しを判定するのだというと、往々滑稽な思い過しを招くかも知れない。理論自身が初めから混迷しているために判らないのを、理論ではもはや解決がつかないものだと考えて、それでは実践に訴えろと云うような場合が能く見受けられるが、そういう無能な理論のお守りをしなければならない実践こそいい迷惑である。
実は、理論の代りに実践が出て来て決裁を与えるのではなくて、第一に理論そのものを理論としてよく実践し、それから、経験とか事実とかいうものと接触する感性をして充分に実践的用具の機能を発揮させ、それから、そういう理論と所謂「実践」との相関関係を経験に立脚してよく見極め、そうした上で理論を押し進めるならば、それが取りも直さず、理論が実践によって判定されたという結果を伴うのだ。理論で困ってから出て来た実践ではもう遅いので、理論が初めから、実践という環境に包まれて呼吸していたのでなければならぬ。