일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

本当に哲学が余暇の産物ならば、この際哲学は奴隷所有者の文化的産物でなければならぬということになろう。或いは一般的に云い直して、少なくとも支配者の独占物であるイデオロギーだということになるだろう。

なる程人間は、運動したり労働したりして身体を労している瞬間には、本も読めないし思考や経験を纏めることも出来ない。あまり生活に逐われていては、ユックリ考える暇もないだろう。静かな自由な時間がなければ理論的な仕事は出来ない。けれども又、逆に考えて、少しも働く仕事がなかったり働く必要がなかったりすれば、どんなに暇があっても、理論的な仕事をする必要も生じなければ又その気にもなれない、ということも同様に本当なのだ。

一般に暇な有閑階級の余暇というのは、実際生活の必要性を感じない瞬間ということで、この瞬間には元来何の哲学の必要もない筈である。処が本当の余暇というのは、生活の必要性を大局に立って統一的に充たして行くだけの自由な時間を意味すべきもので、従って哲学が健全に育つ環境は、只の余暇ではなくて、云わば忙中の余暇でしかあり得ないだろう。

哲学が実際生活を指導する用具でなくて、生活のただの表現や只の所産であるなら別だが、もしそうでないとすれば、暇な社会階級は実は意味のある哲学を本当には有てないわけで、仮に夫をもっているとすれ