후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいてつがくこうわ
現代哲学講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면
だが問題は問題でも、どういう形で問題になるかということが問題なのである。初期のギリシア哲学は自然を問題にした。之に反してヘブライ=キリスト思想にぞくする哲学は人間の歴史を問題にした。処がギリシア人にとってもユダヤ乃至キリスト教徒にとっても、云うまでもなく歴史も自然も眼の前に存在していたのだから、ギリシア人が人間の歴史を何等の形ででも問題にしなかったとも考えられないし、又ユダヤ乃至キリスト教徒が自然を何かの形で問題にしなかったのだとも考えられない。要は彼等が銘々、夫々のものをどういう形で問題にしたかに帰着するので、哲学的な形としては、ギリシア人には自然が、キリスト教徒には人間の歴史が、問題となったのである。この際問題にそういう問題の立て方の形を与えるものが世界観なのである。即ち実際生活の諸問題に、夫を哲学的に解消し得る形を与えて、之を哲学に提供するものが、哲学の場合に於ける世界観の第一の役割なのである。その結果或る問題が問題になったりならなかったりするのである。
こうして世界観は哲学の地盤であり、従って哲学に一定形態の諸問題を課するものだ。併し一定の形を持った問題を課すということは、既に夫が解決し得る問題だということに他ならない。