일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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げんだいてつがくこうわ

現代哲学講話

戸坂 潤

戸坂 潤의 現代哲学講話(げんだいてつがくこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 268,337자 · 522화면

아오조라 문고

存在それ自身は常に必然である、偶然性はただ存在の認識の側に於てしか成り立たない。――こうやって必然性と偶然性は取り持つ端もなく機械的に対峙して了う。偶然とは要するに誤謬に過ぎない、ということになる。――だが一体人々が事物に就いて、偶然的な規定と必然的な規定とを区別することは、誤謬に基く筈のものなのであるか。然るに実際には、必然的なものと偶然的なもの、言葉を替えて云えば、本質的なものと非本質的なもの、とを区別しないことこそ由々しい誤謬ではないのか。

例えば一切の歴史的現象は必ずしも必然的ではない、クレオパトラの鼻の高さはローマの歴史にとっては偶然的なものでしかなかっただろう。それにも拘らずクレオパトラの伝記にとっては、それは美貌のために必然的な要素でなければならない。偶然とか必然とかの区別は、一切の事物をその個々の場合々々の粒子が並列している処の、何か一枚きりの種紙の平面の上では、与えられることは出来ず又与えられてはならない。二つのものの区別関係は、常に立体的な諸段階のどこか一つを介して初めて与えられる。一つの事物例えば机に就いて云えば、それが木で出来ているか鉄で出来ているかは全く偶然であり、之に反して夫が平らであるかないかは本質的・性格的・即ち必然的なことなのである。