후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
だが主客というのはそういう一つの関係を云い表わす概念には相違ないが、そういう関係に這入っている実物は、実は主観や客観というだけでなしに、例えば意識と存在物となのである。哲学者は処が、之を意識と存在物と呼ぶ代りに、或る目的の下に――認識論の名の下に――わざわざ、主観と客観と名づける。なぜかと云えば、観念と存在物とは、すぐ見るように、決して単なる相関関係などにはない、処が之を主観と客観とに直せば、直ちに一つの相関関係となるからである。観念と存在物とは、主観と客観となることによって、主客対立という関係の上で同格となることが出来るからである。正成が生まれてそれから正行が生まれたのに、正成と正行との関係を父子という相関関係に直せば、息子正行がなければ正成も正行の父ではあり得ないという風に、同格にされて了う。之は国民道徳から云っても由々しい誤謬であると同じに、論理的に云っても由々しい誤謬なのである。主観客観の対立を仮定するということが、そういう種類のトリックを意味していることを、今注意せねばならない。
なる程主観と客観とは同格だ、同時に与えられたものと仮定されよう(尤もだからと云って主観が優位だとはならないが)。