후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
を始めてからだけが実験だと云うのだろうか。之を極端に押しつめれば、最後の人為的操作だけが実験になるわけで、更に極端に云えば実験は最後の瞬間の操作だけになることにもなろう。それまでは総て単なる実験の準備に過ぎぬということになるのである。これは実験という人為的操作に対する極めて現象論的な見解に終りはしないかと思う。
処で石原博士は観察又は観測に用いられる器械に就いて、丁度いい説明を与えている。量子現象に於ける光量子の役割は観測器械としての夫であるが、それが人間主観の感覚器官の作用を補足するにあるにしても、所謂器械と同じく、依然として一つの客観的存在たるを失わず、その点に於て、実験される「対象」と何等異るものではないという。ただ異る処は、器械(光量子の場合もそうだ)は「我々が単にそれの状態を能動的に制約すると云うに過ぎない」というのである。之は当然なことであり、不確定性原理から一種の主観論を惹き出す人達に対しては効果のある反駁だ。だが不確定性原理の主張は、対象たる電子は、それだけとしては観測されないので、之とこの観測器械たる光量子との「交互作用」しか観測出来ないということである。